企業の力となり、子どもたちの希望となる。室井香南が信じる「本質的な支援」の形

CULTURE

2026.03.15

企業の力となり、子どもたちの希望となる。室井香南が信じる「本質的な支援」の形

「子どもは大人が守るべき存在」。

その言葉を、室井香南さんは単なる理想論としてではなく、自らの人生を通じた「覚悟」として語ります。大手医療機器メーカーの海外営業部からキャリアをスタートさせた彼女は、ビジネスの最前線に身を置きながら、イギリス発祥のNPO法人での活動も開始。28歳で独立してからは、国内外を問わず、様々な環境下にいる子どもたちへ一つでも多くの支援と笑顔を届けることを自らの原動力としてきました。

現在、複数の企業で役員を務め、一般社団法人の代表理事やNPO法人のメンバーとしても奔走する彼女が、活動の軸足に置いているのは一貫して「次世代を担う子どもたちへの支援」です。

しかし、そこにあるのは単なる救済や同情といった一時的な感情ではありません。

彼女を突き動かしているのは、12歳の時に心に刻まれた一枚の写真と、母から贈られた一つの言葉。そして、大人になって直面した「善意の限界」という現実でした。

12歳で知った世界の現実と、救われた言葉

室井さんの活動の原点は、20年以上前に遡ります。当時、多感な時期だった彼女が衝撃を受けたのは、飢餓に苦しむ子どもを捉えた「ハゲワシと少女」※という一枚の写真でした。

※ハゲワシが餓死寸前の少女を狙っている『ハゲワシと少女』という写真でピューリッツァー賞を受賞。写真はスーダンの飢餓を訴えたもの。

「こんな風な社会になっているんだって、本当にびっくりしてしまって。大人になったら、途上国の子どもを一人でも救えるような大人になろう。」

それが始まりでした。

一方で、室井さん自身もまた、子ども時代に閉塞感を感じていた時期がありました。

学校でのいじめ、そして、両親のことは大好きでありながらも、決して「常に円満」とは言い切れない家庭内の空気。子どもにとっての「世界」は学校か家庭がすべてであり、その両方に居心地の悪さを感じたとき、行き場を失った心は深く孤立します。

そんな、狭い世界で息が詰まりそうになっていた12歳の彼女を救ったのは、母親が放った一言でした。

「学校なんて別に行かなくてもいいし、転校したっていい。ここだけがあなたのすべてじゃない」

その瞬間、室井さんの中で何かが音を立てて変わりました。それまでは「目の前の問題」でしかなかった世界が、一気に外側へと広がった感覚。

この「ちょっとした視野の広がり」が、絶望の中にあった彼女の心を、驚くほど軽やかにしたのです。

この経験は、室井さんの支援活動における確固たる信念となりました。

「世界は本当はもっと広いのに、子どもにはそれが分からない。でも、大人なら教えられる。狭い世界で苦しむ子どもたちに、かつての私が救われたような『視野を広げる言葉』を、そして『新しい世界の選択肢』を、どんな角度からでも届けていくこと。それが大人の役目だと思うんです」

かつて言葉によって救われ、顔を上げることができた少女は、今、自らが「視野を広げるきっかけ」を届ける大人となり、子どもたちの未来を照らそうとしています。

なぜ「株式会社」で支援を拓くのか

大人になった室井さんは、個人的に海外のスラム街へ足を運び、国内ではシングルマザー世帯へお米を届けるといった支援を自力で続けてきました。

しかし、そこで直面したのは、社会の「興味関心の薄さ」と、支援現場における「手触り感のなさ」という高い壁でした。

「たとえば寄付をしても、それがどこで何に使われ、誰を笑顔にしたのかが見えにくい。実感が持てなければ、次もまた力になりたいとは思えません。この『手触り感のなさ』こそが、多くの人が支援に参画しづらい最大の要因だと感じたんです」

個人の善意だけでは一過性で終わってしまう。その限界を突破するために、彼女は株式会社という器を使い、ビジネスとして企業を巻き込み、支援を「仕組み」として事業化する道を選びました。

「善意でお金を集める難しさは、私自身がNPOの現場にいるからこそ痛いほどわかります。だからこそ、誰かに頼るのではなく、自社で支援の柱を立てる。一人の社長が動けば、その先にいる社員さんにも必ず想いは届きます。影響力と規模感を持って子どもたちを守るために、私は自分の時間と私財のすべてを投下してでも、この道を拓くと決めたんです」

彼女が目指したのは、一時的な「寄付」ではなく、社会を動かす「事業」としての支援です。

一人の社長が動けば、その先にいる社員や顧客へも影響は波及する。

その大きなうねりを作るために、彼女は自身の「時間と私財」のすべてを投下する覚悟を決めました。

「企業の発展」が「子どもの希望」に繋がる因果

室井さんの活動における全ての判断基準は、「それは本質的か?」そして「それは持続可能か?」という二つの問いに集約されます。

彼女が貫いているのは、「善意にお願いする」のではなく「企業にメリットを提示する」というプロフェッショナルとしての姿勢です。

そこには、経営者としての冷静な視点があります。

「日本の企業を本気で巻き込んでいくなら、企業側にメリットがある仕組みにしなければなりません。企業が元気になり、成長して初めて、社会貢献というプラスアルファに目を向ける余裕が生まれます。まずは事業を通じて徹底的に企業の力になり、発展を支える。企業が良くなることがスタート地点となり、その活力が子どもたちへの支援へと繋がっていく。この因果関係をビジネスとして確立させることが、私の考える持続可能性です」

この想いを形にしたのが、経営者の参画を促す「社長HEROs」という取り組みです。

支援を単なる自己犠牲にせず、企業のブランド力や社員の誇りに変えていく。活動を記事にして可視化し、「今回の支援はこの企業さんが」と明確に報告することで、かつて室井さんが課題に感じていた「手触り感のなさ」を解消し、企業が幸せを感じながら継続できる仕組みを追求しています。

株式会社イズのミッションである

「企業の力となり、子どもたちの希望となる」。

この言葉には、ビジネスの成長と社会支援を一つの太い流れとして繋げていくという、室井さんの揺るぎない意志が込められています。

本質的な支援。アスリートが届ける一生物の体験

室井さんは、単に物資やお金を送るだけの支援に違和感を抱いてきました。

彼女が考える「本質的な支援」とは、子どもたちの「思考」や「マインド」にポジティブな変化を与えることです。

「物をあげることは一過性の安心にはなりますが、子どもの未来を根本から変えるのは『自分もできるかもしれない』という希望や、広い世界を知る体験です。子どもたちが大人になった時に支えとなるような、マインドに深く刻まれるアプローチこそが、最も本質的だと考えています」

この想いを形にした具体的なプロジェクトの一つが、NPO法人 日本アスリート育成協会が運営するアスリートと企業が共創するコミュニティ”Athlifes”と連携した訪問企画です。

先日、室井さんは社長HEROsの活動として、家庭でも学校でもない「子ども第三の居場所」であるフリースクールを訪れました。そこには、スノーボード元五輪代表の成田童夢さんや、フリースタイルフットボール世界No.1の外山拓也さんといった、夢を叶えたプロフェッショナルの姿がありました。

例えば、世界一の技を披露した外山拓也さんは、かつて長い間引きこもりを経験し、22歳から練習を始めて世界一にまで登り詰めたという経歴の持ち主です。金メダルを手に語られる「いつからでも挑戦できる」という実体験に基づいた言葉は、閉塞感の中にいる子どもたちの視野を劇的に広げました。

普段はなかなか外で遊ばない子たちが元気に走り回り、新スポーツ「YOU.FO」に目を輝かせる。保護者の方々も成田さんの講演に熱心に耳を傾け、子育ての悩みを分かち合う。そんな「体温の通った交流」が生む「楽しい!」「かっこいい!」という記憶は、将来彼らが壁にぶつかった時の勇気、すなわち一生消えない「持続的な記憶」という財産になるのです。

5年後、10年後の未来ー中小企業がアクションハブになる社会

室井さんの描く未来は、日本の中小企業が当たり前のように社会貢献に参画している世界です。

「月1万円の支援でも、1000社集まれば年間で1億円以上の力が生まれます。日本の企業の9割以上を占める中小企業が、子供たちのために手を取り合うムーブメントを作りたい。それが当たり前の文化になった時、社会はもっと優しくなれるはずです」

その未来を確信する彼女の戦略は、驚くほどシンプルです。

「特別な近道があるわけではありません。今やっている活動を信じて、愚直に続けること。そして、企業にとっても社会にとってもより良い形へブラッシュアップし続けること。その積み重ねの先に、中小企業が社会を変える『ムーブメント』が当たり前の文化として根付くと信じています」

12歳の少女が写真を見て抱いた衝撃は、時を経て「社会を変える仕組み」へと昇華されました。室井さんの挑戦は、かつて母親が自分に教えてくれた「世界はもっと広い」という希望を、次の世代へ繋ぐための旅路そのものなのです。

「何かを始めたいなら、まずは7割の完成度でいいから動いてみること。現場に足を運び、行動することでしか見えない景色が、必ずあります。本質を求めて動き出せば、道は拓けます」

プロフィール

室井 香南(むろい かなみ)

1993年生まれ。栃木県那須塩原市出身。12歳の時、当時内戦で飢饉にあったスーダンの少女の一枚の写真を写したことをきっかけに「子ども支援」への強い想いを持つようになる。大手医療機器メーカー海外営業部からキャリアをスタート。28歳で独立し、現在は「企業の力となり、子供たちの希望となる」をミッションに多角的なビジネスを展開している。

【現在の主な活動】
• 株式会社Izu CEO
• 株式会社Ltlyl COO
• SHOENDOホールディングス株式会社 EO
• 一般社団法人JAPANESE PRIDE 代表理事
• NPO法人REDBOX JAPAN 東京メンバー

【活動の窓口】

株式会社イズ 公式サイト:https://izuinc.jp/