2026.03.05
起業5期目で「任せられない」問題に突き当たる。伊禮門悟氏が語る、経営の判断基準
起業は、始めた瞬間に勝敗が決まるものではない。むしろ続けるほど、判断の難易度は上がる。売上や組織が一定規模に達したタイミングで、経営者は別種の壁に直面しやすい。
「任せられない」「判断がぶれる」「採用が噛み合わない」。外からは見えにくいが、組織を持つ経営者の多くがどこかで通る論点だ。意思決定が増え、関係者が増え、責任が積み上がるほど、抱え込みは起きやすくなる。
今回取材したのは、書籍『経営者の羅針盤〜起業することが成功だと思っていた私の夢と現実のギャップ〜』を出版した伊禮門悟氏。伊禮門氏の事業の根幹には「プロデュースとPR」の一貫した強みがある。
何かを作って終わりではなく、価値を編集し、届け方まで設計して動かす。領域が複数に広がっていても、軸はぶれないその前提があるからこそ、組織運営の論点が生々しく語られる。
本書は、起業5期目に起きた出来事と、そこでの気づきをまとめた一冊だ。ノウハウ集ではなく、迷いが生じやすい局面で必要になる「経営者として生き抜くための心構え」を整理した内容になっている。出版にあたって実施したインタビューをお届けしたい。
きっかけは「数字」ではなく「自分の限界」だった
伊禮門氏が本を書いた理由は、売上が落ちたからではない。会社が回っていたとしても「この回し方は続かない」という感覚が先に来たという。
「5期目は波乱万丈な一年でした。会社の数字が落ちたわけではなく、私自身が脱皮しないといけないと思いました。社員に決裁権や経営判断を任せるのが正直怖く、自分で全部管理していました」
任せられないのは、意思が弱いからではない。任せた先でズレが出れば現場は混乱し、最後に責任を負うのは代表である。判断基準が揃っていなければ、組織は簡単に分裂する。だから意思決定が代表に集まるのは自然な流れでもある。
ただし、最終判断が代表に寄り続けると、現場の機動力が落ちる。現場で待つ時間が増える。判断が遅れる。育つべき人が育たない。
結果として、代表が不在では回らない会社になる。規模が上がるほど、代表の稼働がボトルネックになり、成長を止める要因になる。
伊禮門氏が強調したのは、会社の状態が代表の状態に引っ張られる局面があるという点だった。
「プライベートの私の鏡が会社になる。私が乱れると会社も乱れる」
組織が代表に依存しているほど、代表のコンディションが経営に直結する。ここで起きているのは、気合で押し切れる問題ではなく、意思決定の置き方そのものの限界である。
伊禮門氏が言う「脱皮」は、施策の変更というより、会社の回し方を作り替える必要性として現れている。
熱量で回るフェーズは終わる。採用と組織に出る「成長速度の差」
起業初期は、熱量が推進力になる。多少の歪みがあっても、代表が前に出て押し切れる。採用も「一緒にやりたい」「勢いがある」といった基準で機能しやすい。
ただし、経営者として意思決定のたびに負荷を背負う。リスクを取り、失敗を回収し、責任を積む。これが続くほど視座が変わり、判断の基準も変わる。
伊禮門氏が語ったのは、代表の成長が先行し、組織内に差が生まれるという現実だった。
「負荷をかけ続けてきた人と、ただ付いてきた人では差が出る。明らかに負荷と責任を背負った私が成長していました。その際、今までと同じような感覚で採用してしまうとダメだと気づきました」
経営者として代表として動き続けた結果、意思決定の強度が上がり、判断の速度も変わる。一方で、同じ負荷を背負っていないメンバーとは、当たり前の基準が揃わなくなる。この差が表に出たとき、採用・評価・配置が難しくなる。
伊禮門氏は、採用を“個人の感覚”から“機能”へ移す必要性を語った。
「社員が働きやすいと思う人を採用する人事担当者をつける。人事の機能を作らないとダメだと思いました」
採用は「人を増やす施策」ではない。会社の回し方を決める意思決定である。これまでは全ての採用人事を担当していた伊禮門氏だったが、現場に採用部門を任せることになった。
一番伝えたいのは「権限の分散」。代表の立ち位置を取り違えない
取材の中で、伊禮門氏が最も強く述べたのが、権限の分散だった。
「経営を感覚と熱量だけに依存させると、いずれ限界が来ます。下の人たちを信じて権限を渡す。権力を分散しないと、跳ね返ってきて打ち落とされる」
権限を渡すことは、仕事を振ることではない。意思決定を渡すことだ。意思決定を渡す以上、判断の前提を揃える必要がある。責任と裁量の範囲も定義しなければならない。任せるには「任せられる構造」が要る。
権限が代表に集中したままだと、ワンマン化しやすく、最終的に組織も代表も止まりやすい。代表の判断が遅れれば全体が止まる。代表の判断が荒れれば全体が荒れる。代表の負荷が限界に達した時点で、会社が機能不全になる。
伊禮門氏は、代表という立場の捉え方も明確に示した。
「下に人がいるから上の人が偉いのではありません。逆なんです。働いてくれてる人たちの方が偉い。自分たち経営者は最下層でいるべきです」
権力は、肩書きで自動的に生まれるものではない。組織が動き、関係者が納得し、信頼が維持されて初めて機能する。だから扱い方を誤ると、崩れるのも速い。
「皆さんが喜んでくれるから発動できるものであって、これを一歩間違えたら一瞬で全て崩れるってことです。それを正直これで伝えたいんですよね」
この文脈で語られているのは、「偉くなるほど強い」のではなく、「支えがあるから権限が成り立つ」という前提である。任せ方・採用・判断基準の共有は、すべてここにつながっている。
本稿では、起業5期目で表に出やすい「任せ方」「採用」「権限の分散」を中心に、伊禮門悟氏の言葉を整理した。
一方で本書『経営者の羅針盤』が扱う内容は、組織論に限らない。
起業5期目の経験から学んだ“経営者として生き抜くための心構え”を軸に、失敗から得た学び、「本物」の経営者の姿、お金との向き合い方、事業を成功に導くビジネスマインドまで、経営の前提を広く捉え直す構成になっている。
情報に振り回されず、自ら考え行動し、信頼を積み重ねていく。その姿勢をどう作るかを確認したい経営者にとって、参照すべき一冊だ。
伊禮門氏はこの本について、「届く人に届けばいい」と取材で語った。多くの人に響かせるために整えたメッセージというより、揺れた時期に自分自身の基準を確かめるために書いたものだという。
そのうえで、たまたま手に取った一人が、前に進むきっかけを得るなら、それで十分だと語る。
伊禮門悟氏 プロフィール
伊禮門悟(いれいじょう・さとる)氏は、日本の実業家・プロデューサー・著述家・作詞家。神奈川県綾瀬市出身で、株式会社BiS代表取締役を務める。アメリカンカルチャーを取り入れたセレクトストア「Jackson Square」などのプロデュースでも知られる。
書籍情報
内容紹介
『経営者の羅針盤~起業することが成功だと思っていた私の夢と現実のギャップ~』は、起業5期目の著者が自身の経験から学んだ“経営者として生き抜くための心構え”をまとめた指南書。失敗から学んだこと、「本物」の経営者の姿、「お金」との向き合い方、事業を成功させるために必要なビジネスマインドなどを扱い、情報に振り回されず、自ら考え行動し、信頼を積み重ねる姿勢を軸に据えている。
目次
- はじめに
- 第1章 起業しても上手くいかない理由
- 第2章 成功と失敗の間にある「壁」とは?
- 第3章 事業を成功へと導くマインドにする
- 第4章 会社を軌道に乗せる数字の作り方
- 第5章 成功するビジネスの本質を捉える
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