「私が動いた量」を、価値と呼ぶのをやめる。――仕事の楽しさを取り戻すための「思考の転換」

WORK

2026.01.22

「私が動いた量」を、価値と呼ぶのをやめる。――仕事の楽しさを取り戻すための「思考の転換」

仕事は、もっとシンプルで、もっと楽しくていい。そう確信させてくれたのは、『厚利少売』という本とポッドキャストとの出会いでした。この考え方に触れたことで、私の視界は一気に開け、これまで握りしめていた「薄利多売」という呪縛をようやく手放すことができました。

「価値とは、私が動いた量ではなく、あなたが変わった量のこと」。

このシンプルな真理が、いかに働く人の心を軽くし、情熱を取り戻させてくれるのか。私が受け取った学びのバトンを、この記事を通じて皆さんにお渡しできればと思います。

忙しいのに、なぜか手応えがない。その正体

「今日も遅くまで頑張った。やり取りの数も多いし、関わっている人も増えている。自分は必要とされているはずだ」

そう自分に言い聞かせながら、心のどこかでずっと鳴り止まない「警報」のような違和感はないでしょうか。チャットの通知をさばき、誰かのために良かれと思って先回りして動く。その「動き」の数が増えれば増えるほど、何となく仕事をしているような気分にはなれます。

しかし、ふと立ち止まって「利益」という結果を直視したとき、そこには残酷な現実が横たわっていることがあります。「これだけ疲弊して、自分を削ったのに、成果はこれだけか」と。

この落差に直面したとき、多くの人が陥っているのが「薄利多売」のスパイラルです。数をこなせばなんとかなる。もっと動けば、いつか報われる。そう信じて走り続けるけれど、走れば走るほど「本当の価値」からは遠ざかっていく。

もし、今のあなたが「やっている感」はあるのに、本質的な価値を生み出せている感覚がないのだとしたら。それは、価値の定義そのものを書き換えるタイミングなのかもしれません。

価値とは「相手の変化量」である

ここで一つ、新しい視点を提案したいと思います。

「価値とは、私が動いた量ではなく、あなた(相手)が変わった量のことである」

私たちは無意識のうちに、自分の「インプット(時間、労力、移動距離)」を価値だと勘違いしてしまいがちです。「こんなに頑張ったのだから、価値があるはずだ」と。しかし、それはあくまで自分勝手な理屈に過ぎません。相手にとっての価値は、あくまで「その仕事によって、自分(相手)がどう変わったか」という結果の中にしか存在しないのです。

どれだけ汗をかいても、どれだけ深夜までパソコンを叩いても、相手の人生やビジネスに「変化」が起きなければ、それは価値を提供したことにはなりません。逆に言えば、たとえ一言のアドバイスであっても、相手の視界を晴らし、行動を劇的に変えることができたなら、そこには計り知れない価値が宿ります。

「自分がどれだけ動いたか」という自分中心の指標を捨て、「相手をどれだけ変えられたか」という他者中心の指標に切り替える。このシンプルな転換が、仕事の景色を劇的に変える一歩になります。

エネルギーの分配法則:100をどう使うか

この「変化量」を最大化するために、私たちが考えなければならないのが「エネルギーの分配」です。

仮に、自分の持っている総エネルギーを「100」だとしましょう。

もし、このエネルギーを100人に平等に分け与えたら、一人に届くのはたったの「1」です。1の衝撃で、人の人生やビジネスが変わるでしょうか? おそらく、挨拶程度の印象で終わってしまうでしょう。これでは、どれだけ動いても「変化(価値)」は生まれません。

では、関わる人を10人に絞ったらどうでしょうか。一人に「10」のエネルギーを注げます。さらに絞って5人になれば、一人に対して「20」もの濃密なリソースを割くことができます。

10や20のエネルギーを一点に注ぎ込まれた相手には、必ず何らかの「変化」が起きます。 「そこまで深く考えてくれたのか」「そんな解決策があったのか」という驚きが、相手を動かす原動力になるからです。

「何でもできる自分」を演じて100人に1を配り続けるのをやめ、数を絞って20の熱量を届ける。それは決して怠慢ではなく、相手に対して「確実に変化を起こす」という責任を負うための、プロフェッショナルとしての選択なのです。

「良かれと思って」が、相手を置き去りにする

なぜ私たちは、エネルギーを分散させてまで「動き」を増やしてしまうのでしょうか。そこには「良かれと思って」という、善意に隠れた罠があります。

相手を思い、先回りして答えを出し、何でも引き受ける。一見、誠実な働き方に見えます。しかし、そこには「相手の本当のニーズ」を掴むという、最も重い責任が欠落していることがあります。相手が本当に何を求めているのか、何に困っているのか。それは自分一人の頭の中で考えても、決して正解には辿り着けません。

自分で考え、勝手に動き、勝手に疲弊する。そのプロセスには「相手」が不在なのです。「相手にとって響いていないものを、どれだけ打っても意味がない」という現実に気づく必要があります。

私たちが取るべき本当の誠実さは、**「自分で考えすぎず、相手に聞くこと」**です。

相手の言葉の裏にある真意を、手間を惜しまず聞き出す。何を期待し、何が変わることを望んでいるのかを徹底的に問う。その泥臭い対話のプロセスこそが、独りよがりの空振りを防ぎ、本質的な価値(変化)への最短距離を作り出します。

評価を相手に委ねる勇気

価値に責任を持つということは、自分の仕事の評価を「相手の変化」という客観的な事実に委ねるということです。これは、非常に勇気がいることです。相手が変わらなければ、自分の仕事は失敗だったと認めることになるからです。

しかし、そのヒリつくような現場に身を置くからこそ、仕事は研ぎ澄まされます。 「薄利多売」は、どこかで「この価格だから、この程度でいい」という甘えを生みます。でも、「厚利少売」——すなわち数を絞って価値を厚くする働き方は、その甘えを許しません。

その「一点」を突き詰め、相手にとっての「異常値」になること。 その覚悟が決まったとき、仕事は「こなすべきタスク」から「価値を創る営み」へと昇華されます。

仕事は、もっと自由で楽しくなる

この「価値=相手の変化量」という考え方を持つと、視野が驚くほど広がります。

これまで自分を縛っていた「締め切り」や「やり取りの数」という呪縛から解放され、代わりに「相手をどう喜ばせるか」という純粋な問いが中心に居座るようになります。自分がボロボロになるまで働く必要もなくなります。なぜなら、自分が健やかで、思考が澄んでいる状態でこそ、相手にとっての最高価値を生み出せるからです。

「やっている感」という麻薬を卒業し、相手の人生に確かな手応えを残す。 この思考を身につける人が増えれば、仕事はもっとシンプルで、もっと楽しいものになるはずです。

誰かのために自分を犠牲にするのではなく、自分の「一点」を研ぎ澄まし、相手を幸せにすることで自分も豊かになる。そんな「価値の循環」が生まれる現場を、一つずつ増やしていきませんか。

「価値とは、私が動いた量ではなく、あなたが変わった量のこと」

この視点を携えて明日からの仕事に向き合ったとき、あなたの目に映る景色は、今よりもずっと輝いているはずです。