世界一の裏側で起きていたこと──選手が運営も担った、ニュースポーツの国際大会

SPORTS

2026.01.15

世界一の裏側で起きていたこと──選手が運営も担った、ニュースポーツの国際大会

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2025年、東京で開催されたYOU.FOワールドカップは、日本チームの世界一という結果だけでなく、新しいスポーツが世界とつながる過程を示した大会でもあった。今回は、プレーヤーであり、日本YOU.FO協会のスタッフとして大会運営にも携わった藤原昂亮に話を聞きながら、この東京大会がどのように成立し、どんな価値を残したのかを振り返る。

選手として競技に立ちながら、同時に大会を支える側にも回る。その両立の中で見えてきたのは、勝敗の裏側にある「場づくり」と、国境を越えて生まれた人と人とのつながりだった。

国際大会誘致を3年で達成

YOU.FOが「ワールドカップ」として正式に開催されたのは、2023年のオランダ大会が最初である。
翌2024年にはベルギー大会が行われ、2025年、3度目の開催地として東京が選ばれた。

日本でのYOU.FO普及活動は、2022年ごろから本格化している。競技人口も認知も十分とは言えない中で、体験会や練習の場を重ね、少しずつコミュニティを育ててきた。

東京開催は、偶然決まったものではない。そうした積み重ねが評価され、「ここなら任せられる」と判断された結果でもあった。

ただし、開催地に選ばれることは、そのまま責任を引き受けることを意味味する。
新しいスポーツである以上、既存の大会運営モデルは存在しない。すべてを手探りで組み立てる必要があった。

選手と運営を分けられない事情

本来、国際大会では「選手」と「運営」は明確に分かれる。
だが、YOU.FOワールドカップ東京大会では、その前提が成り立たなかった。

日本には、運営を専任で担えるだけの人材や組織がまだ十分に整っていない。
結果として、選手自身が大会運営の中核を担う体制が取られた。

会場調整、進行設計、海外チームとの連絡、オランダ本部との連携大会当日よりも、むしろそこに至るまでの準備期間が長く、重かった。

選手として競技に向き合いながら、同時に「大会を止めない責任」を背負う。それは理想的な形ではないかもしれない。

それでも、この大会では、
「誰かがやらなければ、成立しない」という現実を引き受ける選択がなされた。

25チーム・約120人が集まった東京

東京大会には、8つの国と地域から、全25チーム・約120人が参加した。

オランダ、ベルギー、アイルランド、韓国、香港、中国、インド、そして日本。

競技経験や理解度は、国ごとに異なる。だが、全員が同じルールを共有し、新しいスポーツを「一緒につくっていく」という前提で、この場に立っていた。

YOU.FOは、まだ完成された競技ではない。

だからこそ、試合は単なる勝敗の場だけではなく、競技そのものを共有し、更新していく時間でもあった。

試合の外側にあった「もう一つの設計」

この大会で特徴的だったのは、競技だけではない。
国と国の間に多くの交流が生まれるように設計がなされていたことだ。

大会前日には、交流と観光を兼ねた時間が用意された。
お台場を出発し、船で雷門方面へ向かう約1時間のクルーズ。
その後、浅草周辺を歩き、日本の食文化を囲む場が設けられた。

お好み焼きを自分たちで焼くなど日本ならでは文化を体験してもらいながら、座席は国ごとに固まらないよう組まれ、選手たちは自然と混ざり合って会話を交わしていた。

そこにあったのは、形式的な国際交流ではない。
競技をきっかけに集まった人たちが、同じ体験を共有する場だった。

日本の選手やスタッフも、迎える側として積極的に動いていた。

大会を「運営する側」と「参加する側」に分けるのではなく、一緒に場をつくる一員として関わっていたことが、この大会の空気を形づくっていた。

結果よりも、残ったもの

大会の結果、日本チームは上位を占める形となった。

ただし、これは事前に想定されていた結末ではない。

複数チーム出場していた韓国やヨーロッパ勢をはじめ、各国の実力差は未知数で、最後まで読めない大会だった。それでも振り返ってみれば、日本チーム全体の底上げが見えた大会だったと言える。

そして個々の順位以上に、競技環境とコミュニティが機能していたことが、その背景にあった。

海外選手の中には、「自国でももっとこの競技を広めたい」と語る者もいた。
日本の選手たちからは、「本気で悔しいと思える試合ができた」という声も聞かれた。

勝った喜びと、負けた悔しさ。

その両方が生まれたこと自体が、この大会が成立した証だった。

新たなスポーツが生み出す価値

YOU.FO東京大会は、完成されたスポーツの祭典ではない。
むしろ、未完成だからこそ、多くの役割と感情がそこに集まっていた。

競技として勝敗を競いながら、
同時に、国を越えて人を迎え、関係をつくり、文化を共有する。
そのすべてが、一つの大会の中で同時進行していた。

選手、スタッフ、運営、そして海外から訪れた参加者。
立場は違っても、「この場を成立させる」という一点で、同じ方向を向いていた。

東京大会は、一つの答えを示した。
新しいスポーツが広がっていく過程では、
競技力だけでなく、コミュニティの一人ひとりの力が重要になる。

YOU.FOは、まだその途中にある。

だが、この大会で生まれた連鎖は、確かに次へとつながっていく。